ABW(Activity Based Working)とは、その時々の仕事の内容に合わせて、働く場所を自由に選択する働き方を指します。リモートワークが広がったコロナ後の働き方として注目されており、それを意識したオフィス作り、制度策定も徐々に増えてきました。リモート、ハイブリッドから出社に戻りつつある現状はありますが、それでもABW、もしくはABW的な働き方は定着していくと思われます。経営学の領域でオフィス研究をされている東京大学大学院経済学研究科准教授の稲水伸行さんに、ABWの可能性とこれからについてうかがいました。
オフィス研究の先駆者として経営学から見るABWの変遷
― 稲水先生は経営学の領域で、オフィス研究をされているのですね?
稲水 もともとオフィスに着目した経営学の研究は、ほとんどありませんでした。どちらかというと、建築系や環境心理学の先生などが研究されていたと思います。私の場合は、2000年代前半に修士論文を書いていたタイミングでNTTドコモがフリーアドレス・オフィスにして、指導教官にそれをテーマに勧められたのが直接のきっかけでした。
2011年頃にマイクロソフトが新宿から品川にオフィス移転をしたときにフリーアドレス化と合わせて、いろいろな場所をアクティビティに応じて選びながら仕事ができる、いわゆるABWを取り入れたオフィスが先駆的に作られました。当時は、NTTドコモのフリーアドレスもそうですが、それが大きな世の中の流れになるとは思っていませんでした。しかし、マイクロソフトのオフィスを見て、「こんな会社があるんだ」と驚いていたところに、安倍政権で「働き方改革」の流れが生まれてきました。そこから経営学の世界でもオフィスを軸にしながら、働き方をしっかり考える必要があると思い、そこからいろいろな企業と共同研究しながらオフィス学プロジェクトを進めてきました。
― 2011年にABWの試みがあったのですね。
稲水 はい。それは働き方を変える目的で始まったのではなく、経営戦略に基づくものでした。GAFAなど新勢力が台頭してきて、マイクロソフトの経営は曲がり角にあり、そこでクラウドビジネスに全面的に転換したのです。ただ、マイクロソフトは部門間の連動ができない組織構造であり、クラウドにシフトするためには部門横断的に社内のスペシャリストを柔軟に集めて、クライアントのためにチームを作って提案していかないと勝っていけない、とわかったのです。
そこで、コラボレーションができたら評価する、というように評価体系を変えました。オフィスを一新して働き方を変えることによって成果を上げたというよりは、戦略を変えて、それに合わせたビジネスモデルにして、それをうまく回していくためにあるべき組織形態を考えたときに、一人一人が成果につながる働き方をしなければならない。その障害になるものとしてオフィスのあり方を変え、人がパッとつながることができる環境を作った、ということです。
― 働き方が先にありき、ではなかったということですか。
稲水 そうです。戦略が先で、そこから最適解へと落としていったのです。マイクロソフトはクラウドビジネスに転換するという戦略がうまくはまりましたが、今後再び戦略が変わった場合、ABW以外の働き方がベストになる可能性もある、ということです。
このような発想でオフィスや働き方を捉えられる会社は、少ないのではないかと思います。今のところ、福利厚生的な観点で進められるABWが少なくないように感じます。部門間で雑談しながらコミュニケーションをしていたとしても、それがどういう形で企業全体の成果につながるかが見えていないまま、ABWを取り入れている例が多いかもしれません。

事例から学ぶABWの効果と新たな側面
― 他にABWの観点で面白いと思われた事例はありますか?
稲水 イベント空間や商業空間などの企画・デザインや施工を手がける乃村工藝社は、お台場のオフィスを新しくした際、次世代のABWを標榜したと言えるかもしれません。それは何かというと、場所の使い方も従業員が自由に決められる、ということを意味しています。1フロアが結構広いのですが、そのうち4分の3ぐらいを公園に見立てたフリースペースにしています。普通、公園では、人は思い思いの行動をとるわけですが、同じように「どういうアクティビティをしてもいい」空間としているのです。たとえばデザイナーの方は、もちろん集中して仕事をするスペースが別途ありながら、公園でアクティビティを切り替えることができる。そんな「遊びの場」みたいなものがないと、長期的に見た場合にパフォーマンスは上がらないかもしれません。公園は「休憩しないといけない場所」というわけではなく、ふらっと行って、自由に過ごせる。そこで仕事をしてもいい。こういうスペースを取り入れる会社が、少しずつ出てきています。
それとは逆に、ABWを突き詰めすぎると「この場所ではこのアクティビティしかやっちゃダメ」ということになりかねない。遊びをなくしすぎているのではないか、ということがABWの負の側面として最近思うことの一つです。
― ABWによってクリエイティビティが高まる、というのは納得できますね。
稲水 広い意味でのABWということでは、メインオフィスと在宅とシェアオフィスの3つを使いながら仕事をしている人は、実は会社に対するコミットメントが高く、クリエイティビティやエンゲージメントも高めに出ているという傾向がありました。これについては、データをとって今年論文を書いたところです。
もう一つ、今うちの学生と一緒に調査をさせていただいているソニーには、大崎に技術系の大きい拠点がありますが、そこに技術者だけのコミュニティスペースがあります。広大なフロアではあるのですが、エンジニアたちがわいわいがやがやしながら製品を企画し、モックアップを作ったりする「部室」のような雰囲気です。ときにはそこに事業部長クラスの人も顔を出して、「なんか面白そうなものを作ってるね」なんて声をかけたりする。そこからピックアップされて事業化する、みたいなことがあるようです。
― ソニーらしいエピソードですね。
稲水 ソニーが一時、業績が低迷していた時代にも、エンジニアの人たちは正規の仕事以外の自分がやりたいことを「机の下活動」として続けていました。部室的なフリースペースを作ったことによって、成果を自由に披露することができるようになりました。それで、みんな堰を切ったようにアイデアを出すなど活性化しています。最近、ソニーから面白い製品が出てくるようになったのは、そういうことも背景にあるような気がします。
一見無駄なスペースのように見える場所も、活用の仕方によっては、クリエイティビティにつながる可能性があります。そんなことも期待して、うまく仕掛けをほどこしたABWが増えてくるのではないでしょうか。
稲水 伸行(いなみず のぶゆき)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 准教授
2003年東京大学経済学部卒業。2008年 東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2005年~2008年日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員、同特任助教、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授を経て、2016年より現職。博士(経済学)(東京大学, 2008年)。企業との共同研究によるオフィス学プロジェクトを主宰。主な著作として『流動化する組織の意思決定』(東京大学出版会、2014年。第31回 組織学会高宮賞 受賞)がある。


