約30年の研究で判明した「生産性」の真実 成果を上げる企業の条件とは 

1990年代から企業のオフィス環境と生産性の関係性について研究を重ねてきた関西学院大学の古川靖洋教授。コロナ禍でテレワークが一般化し、働き方が大きく変化する中、改めて注目される「働く環境」と「生産性」の関係性について、豊富なデータと知見を基に語っていただきました。 

データに基づく実証研究の先駆者として

はじめに、オフィス環境の研究を始められたきっかけをお聞かせください。 

当時、経営学で計量的な手法を使うことは、今ほど一般的ではありませんでした。私の指導教授がその先駆者的存在で、統計学を使って経営理論を証明するという研究に取り組んでいました。 

そんな中、大学院の先輩で、オフィス家具メーカーの社長令息から共同研究の話をいただきました。当時、旧通産省が『ニューオフィス化運動』を推進していた時期です。それまでのオフィスといえば、ネズミ色のスチール製家具が整然と並ぶような画一的な環境でした。この運動は、より快適なワークプレイスの実現によって生産性を向上させようというものでした。 

ホワイトカラーの生産性を測る難しさ

研究を進める中で、どのような課題に直面されましたか。 

最大の壁は『ホワイトカラーの生産性』をどう測定するかという問題でした。生産性という言葉は誰もが知っていますが、ホワイトカラーに関しては、それを測る確立された指標がないのです。 

製造業であれば、投入した労働力や設備に対する生産量という形で測定できます。しかし、ホワイトカラーの場合、その貢献を数値化することは極めて困難です。財務諸表から工場部門とオフィス部門の貢献度を分離することは、実質的に不可能なのです。 

そこで私たちは、多くの企業へのインタビューを重ね、3つの代替指標を設定しました。『従業員のモチベーション』『コミュニケーションの活発度』『創造性』です。これらの指標が高まれば、最終的に利益率の向上につながるという仮説を立て、検証を進めていきました。 

生産性向上の本質的な要因とは 

長年の研究から、オフィス環境と生産性の関係についてどのような発見がありましたか。 

重要な発見の1つは、生産性向上を目的とした場合、オフィス環境の改善だけでは不十分だという事実です。例えば、フリーアドレスオフィスについて研究を行いました。フリーアドレスを導入したグループと固定席のグループを比較すると、確かに平均値には差が出ます。しかし、それが統計的に意味のある差とはならないのです。 

この結果から、オフィス環境は必要条件ではありますが、十分条件ではないということが分かりました。むしろ重要なのは、制度設計とその運用です。フリーアドレスを例にとれば、なぜそのような働き方を導入するのか、従業員が納得していることが重要なのです。会社としてこういう働き方をするからフリーアドレスにする、という説明があり、従業員もそれに納得した上で導入するのであれば、うまく機能します。しかし、流行だからという理由で導入しても、結局は固定席化してしまうのです。 

日本企業におけるコミュニケーションの特徴 

組織のコミュニケーションについて、興味深い発見があったそうですね。 

一般的に、水平方向のコミュニケーションが創造性を高めると言われています。しかし、日本企業での調査を何度も繰り返し行った結果、最も重要なのは縦方向のフォーマルなコミュニケーション、次に重要なのが縦方向のインフォーマルなコミュニケーションだということが分かりました。 

特に現代は、テレワークの浸透やチーム制の採用により、従業員が複数のプロジェクトに関わることが増えています。そのため、自分が何をすべきかという基本的な認識を共有することがより重要になっているのです。昔のように『言わなくてもわかるだろう』という姿勢では通用しません。 

テレワークと生産性の新たな関係性

─テレワークについての最新の研究結果も興味深いものがありましたね。 

2022年の調査で初めて、テレワークを導入している企業の方が、明らかにモチベーションが高いという結果が出ました。これは、テレワークが単なる働き方の選択肢ではなく、企業の必要条件として認識されるようになってきたことを示しています。 

完全リモートで働く人は数パーセントに過ぎませんが、週に数回のテレワークができる環境は、もはや当たり前の条件として受け止められています。ただし、これはあくまでも環境面での必要条件に過ぎません。実際の生産性向上には、権限委譲や目標管理制度の確立、適切なコミュニケーション設計など、従来から重要とされてきた施策が依然として欠かせないのです。 

人材戦略の転換期を迎えて 

人材採用や育成について、今後どのような変化が予想されますか。 

人口減少時代を迎え、大きな転換点に来ていると考えています。これまでの日本企業は新卒一括採用でゼネラリストを育成する方針が主流でした。しかし、人口減少に伴い、採用できる人数も減少していきます。そうなると、この分野のスペシャリストという形で、ジョブ型の通年採用に移行せざるを得ないでしょう。 

ただし、これは中間管理職の役割にも大きな影響を与えます。スペシャリストだけでは組織は成り立ちません。中間管理職には、ある程度のゼネラリスト的な素養が必要です。2~3の分野について理解があり、それらを統合できる能力が求められます。言い換えれば、誰がどのような情報や能力を持っているかを把握し、適切に組み合わせていく能力が重要になってくるのです。 

健康経営という新たな研究領域

最近注力されている研究テーマについてお聞かせください。 

現在、特に注目しているのが『健康経営』です。働き方と健康の関係性について、これまであまり研究されてこなかった領域です。ストレスが高い人は必ずモチベーションが低いという相関関係が見られますが、ではどうすれば低ストレスの働き方が実現できるのか。 

例えば、歯医者に行く時間もない、毎食後の歯磨きができないといった状況は、健康経営の観点から見過ごせない問題です。企業文化と従業員の健康には強い関連性があります。ワークライフバランスや働き方が、従業員のウェルビーイングにどう影響するのか。これは今後の重要な研究課題だと考えています。 

組織のパフォーマンスを高める本質 

最後に、経営者へのアドバイスをお願いできますでしょうか。 

私が最も強調したいのは、組織内の風通しを良くし、信頼関係を高めることです。メンバー間の信頼関係が高まると、モチベーションが向上し、最終的には業績アップにつながります。信頼関係が低い企業は、必ず業績も悪く、モチベーションも低いのです。特にオンラインコミュニケーションが増える中、この点には細心の注意を払う必要があります。 

また、コミュニケーションの方法も、時代に合わせた見直しが必要です。かつては飲み会や社員旅行が交流の場でした。しかし、今の若い世代にそれを強制しても逆効果です。どんなコミュニケーションが効果的なのか、推測で判断せず、実際に聞いて確かめることが重要です。 

私の30年以上に及ぶ研究から見えてきたのは、組織の中で育まれる信頼関係の重要性です。テクノロジーの進化により、働き方の選択肢は確実に広がっています。しかし、組織のパフォーマンスを高める本質的な要素は、結局のところ『人と人との関係性』にあるのです。 

古川 靖洋(ふるかわ やすひろ) 

関西学院大学 副学長/総合政策学部 教授

慶應義塾大学商学研究科卒業。オフィス環境の改善とホワイトカラーの生産性やモチベーションの関係の探究を扱っている。この分野の他に、統計的手法を用いた企業評価モデルの開発を行なっている。そして、この研究領域に対して、必ず実際のデータを用いた統計分析による実証研究を中心としている。主な著書に『テレワーク導入による生産性向上戦略』(千倉書房)『情報社会の生産性向上要因』(千倉書房)、共著に『深化する日本の経営』(千倉書房)がある。 

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