管理職の負担増大は日本だけの問題ではない 〜ATD 2024を振り返る〜 

世界最大規模の人材開発・組織開発関連イベント、ATD (The Association for Talent Development) のカンファレンスが、今年は5月に米国ニューオリンズで開催されました。さまざまなイシューについて論じられたATDについて、日本から出席された関根雅泰さん(株式会社ラーンウェル代表)、長久華織さん(三井物産人材開発株式会社)にお話をうかがいました。 

「人間らしさに着目しよう」というメッセージが目立った

ー 会場の雰囲気とか、ダイバーシティ的な観点はいかがでしたか? 
関根 音楽が意識的に使われていたのはよかったですね。長いセッションが多くて疲れるのですが、そこで80年代や90年代の音楽が効果的に使われていました。つまり、参加者の中心世代である40代、50代に刺さる音楽です。 

また、会場は横にもものすごく広くて、同種のテーマを追いたいのに、すごく移動させられる。ただ、そのことによる効果もあって、歩いている途中に知っている人に会ったりする。人との接点を作る仕掛けだと思います。 

参加者は9割弱がアメリカ人。アメリカ以外では韓国、日本、カナダからの参加者が多かったということです。計77カ国からの参加者があったそうです。 

興味深かった話題やテーマなど教えていただけますか?  

関根 今年の全体テーマは「Recharge your soul」でした。ダニエル・ピンク氏の基調講演でも、何が起こるか分からない時代の行動原則5つの中に「休憩をスケジュールする」という紹介がありました。アメリカでも優秀な社員(ハイパフォーマー)ほど常に高いプレッシャーにさらされ、バーンアウトする例が多く、また「静かな退職」という現象があるようです。 

長久 ATDのセッション全体においていえることは、「テクノロジーの活用」と「人間性の尊重」が大きなテーマだった印象があります。リーダーシップに関連したものでも「人間らしさに着目しよう」というメッセージが多かったように思います。「バーンアウト(燃え尽き症候群)からの回復」とか。いかに感情に寄り添って成長を支援するか、ということだったり。 

「いま、世界的にエンゲージメントが低くなっている」というギャラップ社のレポートを引用して、マネジャー層にエンゲージメントについて理解してもらうことが組織の健全性やパフォーマンスにつながる、というセッションなどは「やはりそうか」と思いました。 

日本でもエンゲージメントの低下が多くの企業で課題になっていますが、世界的な傾向なのですね。  

長久 そうですね。それからフィードバックに関しては、ほぼ毎年登壇していると言っても過言ではない方(Jack Zenger)からそれに特化したセッションがあって、フィードバックというと上司から部下にするものという連想を抱きがちですが、そうではなく双方向にフィードバックをする。それもフィードバックという言葉を使わずに「よりよくする」にはどうすればいいか、というアイデアをお互いに出しあうことが関係性をよりよくする、というメッセージは印象に残りました。実用的だなとも思いました。ダニエル・キムの「成功の循環モデル」でいう「関係の質」から変えられるということでしょうか。 

意外だったのは、セッションで講師から「フィードバックと聞くとネガティブに感じない?」と聞かれた時に、多くの人が頷いていたことです。フィードバックは必要ですし、いい行動だと思いますが、比較的率直なコミュニケーションを取るアメリカにおいても「必ずしもポジティブにばかりとらえられているわけじゃないんだ」と感じました。 

関根 メンタリングの世界でも下から上、逆メンター、逆メンティーみたいなのがありますから、そういう流れもあるかもしれないですね。「下の人からも学べるよね」、ということでしょうか。 

日本だけの問題ではない「管理職の負担増大」

ー エンゲージメントを向上させるための方法について、何かヒントはありましたか? 

長久 マネジャーへの個別支援を促進するようなセッションが、ベンダーのプレゼンテーションでありましたし、ATDのセッションでもありました。当たり前かもしれませんが、そこにベンダーだったらAIを使って解析をさせてより効果的にコーチングするというようなソリューションを提供するだとか、セッションの方では、マネジャーが変わることによる組織の影響に触れ、それがエンゲージメントに関わるということを「マネジャーの方々にもっと理解してもらう必要がある」というセッションも多かったですね。 

ー そうすると、マネジャーの負荷がさらに高まっていく、ということでしょうか? 

長久 答えはありませんが、管理職の負担増大は日本だけの問題ではない、というのは新しい発見でした。負担が大きいから、マネジャーがやるべき評価とか関係性の構築とか成長支援、そういったことがテクノロジーを使ってできるんですよ、みたいなセッションもありました。それは負荷が増大しているからこそ、このプロダクトを推している、というベンダーもあって、解決の難しい世界的な経営課題なんだと感じました。 

そこで面白いのは、エモーショナル・インテリジェンス(心の知能指数)を上げるアプローチをするには、その人の心理的なトラウマを解除してあげる必要があるんじゃないか、というセッションもありました。脳神経科学の領域ですが、脳の状態をマネジャーに対して個別にアプローチしてあげて心理的なトラウマを軽減させる。それこそがエモーショナル・インテリジェンスのアプローチである、といっているセッションもありましたね。それはよりパーソナルな話題ですし、研修でどうこうできるものではないから、個別コーチングが有効なのではないか、とするセッションもありました。 

アメリカでは普通に実践され始めている「研修のROI」の算出

関根さんは、何か刺さったセッションがありましたか? 

関根 私は研修講師という仕事柄、今年のATDでは「研修転移」にテーマを絞って参加しました。でも、研修というテーマで今年目立ったのは「研修のROI」でした。つまり効果測定ですね。多くの関連セッションがありましたが、一番インパクトがあったのは、クラウド・ソーシングで簡単にROIが出せるよ、という話でした。その前までセッションが続いて、疲れたから行くのやめようかな、と思ったんですけど、サボらずに受講してよかったです。 

どういうことかというと、『「みんなの意見」は案外正しい』という本が邦訳もされていますが、150人ぐらいのセッションで、講師が「この部屋の温度を当ててください」と問題を出すんですね。で、みんなでQRコードを使って入力するんです。それで平均値を出したら、当たったんですね。それで、「おーっ!」と盛り上がった。 

みんなの意見が正しかったわけですね 

関根 そうなんです。もう一問あって、次は「アメリカの新車はいくらぐらいするか」について、みんな考えるんです。大体5万ドルぐらいなんですが、それも当たるんです。それを是とするならば、研修の便益についても質問を投げかけて、それに受講者が答えていくことによって、その研修のメリットが見えてくるんじゃないの?という話なんです。 

これも実際にやってみよう、ということで「この1時間のセッションのROI」を出してみました。まずコストを出す。ATDの参加費って2000ドルぐらい。日本からの飛行機代、宿泊費を足します。その上で、例えば「このトピックに関連することはあなたの仕事の何%ぐらい?」など4つの質問に答える。つまり便益を出すわけです。それをエクセルに入れて出してROIが出ました。これが、結構高い数値が出たんです。効果がある、ということです。これも会場が盛り上がって、納得度が高かったんですね。ROIを普通のやり方で算出するのは、かなりややこしいんですが、こんな簡単に出るんだったら悪くないですよね。それで「これからはROIだ」などと言いつつ、今勉強しているところです。 

日本の流れ的にもISO30414(2018年12月に国際標準化機構が発表した、人的資本の情報開示のためのガイドライン)があるから、数値化していく必要があります。教育投資の効果についても、そういう形でデータを取っていけば、「それぞれの研修でこのぐらいのメリットがある」と当事者が感じているとするならば、そういったやり方で出せるかもしれない。ATDはこれを含めて、「こういう手法でROIを取った」というセッションが多く、アメリカでは普通に実践され始めているし、日本でも求められるようになるだろうと感じました。 

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