オフィスの「踏み分け道」を読む──データから捉える、導入後のフリーアドレス

舗装された道の脇に、もう一本、道ができている。
公園や広場で、そんな光景を見たことはないでしょうか?

そこを通る人々が近道を選び、何度もそこを歩くうちに生まれた「踏み分け道」です。
都市計画では、こうした道を「ディザイア・パス」と呼びます【1】。人々が自分の足で選び取った、設計者の想定とは異なる道筋です。

ランドスケープデザインの分野では、このディザイア・パスを手がかりにすることがあります。
あえて最初から道を舗装せず、人々が歩いてできた跡を見てから、そこに沿って道を敷く方法です。設計の意図と、そこで実際に起きた人の行動を重ねながら、その場所に必要な道をかたちづくっていくのです。

フリーアドレスのオフィスにも、同じ考え方が活かせます。
自由に席を選べる環境をつくり、そこで働く人が実際にどう使っているかを見ながら設計や運用を具体化してゆく。オフィスにも、きっと同じような道ができているはずです。

その「踏み分け道」からは、一体、何が見えてくるのでしょうか。

1|同じ人が座るのか、同じ席が選ばれるのか

オフィスにおけるディザイア・パスを読み解くには、「人」と「席」を分けて見る必要があります。同じ人がいつも同じ席を使っているのか。もしくは人は入れ替わっていても選ばれる場所だけが重なっているのか。Acall社内の座席利用データを、この二つの視点から見ていきます。

「人」から見る

調査期間中に5日以上座席を利用した社員26人のデータをみると、最もよく使う1席への集中率が80%を超える、いわば「実質固定」の状態にあったのは2人に留まりました。一方、13人は集中率が30%未満で、複数の席を分散して利用していました。残る11人はその中間にあたる動き方です。少なくとも今回のデータでは、「フリーアドレスを導入しても、結局はいつもの席に戻る」とは言い切れませんでした。

「席」から見る

ところが視点を「人」から「席」へ移すと、別の景色が見えてきます。利用率上位の5席は、77%から97%という高い水準で繰り返し選ばれている一方で、利用率10%以下の席も14席ありました。同じオフィスの中での人気席と、ほとんど選ばれない席が、はっきりと分かれていたのです。

人は入れ替わっていても、選ばれる場所は重なっている。これは限られたデータから見えた傾向ですが、オフィスにおけるディザイア・パスも、特定の誰かだけが残したものではないようです。

2|選ばれる席の条件

それではなぜ、一部の席にだけ利用が集まったのでしょうか。
座席の位置や設備、利用する部署といったデータを重ねてみると、選ばれる席には大きく3つの条件が見えてきました。

  • 作業しやすい
    利用率が高かったのは、モニターが設置された席、フロアの角にある席、身体への負担を抑えるエルゴノミクスチェアが置かれた席です。画面を広く使えて、周囲の動きが気になりにくく、長時間座っても疲れにくい。仕事を進めるうえでの使いやすさがシンプルに表れていました。
  • 情報を安心して扱える
    設備だけでは説明できない人気席が、壁際にあるソファ席です。背後を人が通らずパソコンの画面をのぞき込まれにくいため、経営、人事、労務など、秘匿性の高い情報を扱う社員が選ぶ傾向が見られました。周囲の視線を気にせず仕事ができることも、座席選びを左右する重要な条件でした。
  • 仕事の進め方に合っている
    エンジニアは集中スペースを、セールスやカスタマーサポートはコミュニケーションを取りやすいエリアを選ぶ傾向があるなど、部署による違いもありました。

ひと口にオフィスワークといっても、一人で集中したいときもあれば、誰かと相談しながら進めたいときもあります。誰にとっても使いやすい万能な席があるのではなく、そのときの仕事に合わせて「使いやすい席」は変わります。

2025年の研究でも、オフィスで過ごす時間を「集中作業」「会議」「比較的負荷の低い作業」「休息」に分け、参加人数や対話の有無、所要時間などの違いから整理しています【2】。何をするかによって、心地よく働ける場所も変わるのです。

「選ばれない席」の二つの理由

では、あまり選ばれなかった席はすべて使いにくい席なのでしょうか。
利用率が低かったのは、3人掛け座席の中央部分と、ブレイクのために設けられたエリアです。ですが、両者では低利用の意味が異なります。
3人掛けの中央席は、隣席との距離や出入りのしにくさなどが影響している可能性がある一方で、ブレイクエリアは、そもそも日常的な執務を主目的としていません。使いにくいから選ばれない席と、限られた用途のため利用頻度が低い席を、同じ「低利用」として一括りにはできないのです。

偏りは、改善の手がかり

用意された環境が仕事に合わないとき、働く人は、場所や使い方を自分なりに調整します。
Genslerが16か国16,459人のオフィスワーカーを対象に行った2026年の調査では、3分の2が職場環境の不足を自分なりに工夫して補い、4人に1人が温度や視線のプライバシーに関する問題を自力で調整していました【3】。

座座席利用の偏りから見えてくるのは、席の優劣ではなく、働く人が仕事を進めるために空間へ求めている条件です。ですが、座席データだけで分かるのはそこまでです。その先で仕事がどう進んでいるかを見るには、出社や会議のデータも重ねる必要があります。

3|フリーアドレスの先にある「仕事の流れ」

座席が仕事に合っていても、それだけでオフィス全体の使われ方は捉えきれません。誰と出社日が重なり、対面で仕事を進める機会がどの程度あったのか。ここからは、出社と会議のデータへ視野を広げます。

“出社率”と”同日出社”は別のもの

Acall社内では、部署別の出社率に差が見られました。最も高い部署で71.7%、低い部署では14.8%と最も低い結果でした。ここでいう出社率は、各部署のメンバーが1か月の間にどれだけオフィスへ来ていたかを示すものです。同じ部署の人同士が同じ日に出社していたかどうかまでは、この数字では分かりません。
そこで、部署の過半数が同じ日に出社した割合を見ると、経営73.3%、セールス68.3%に対し、カスタマーサポート8.3%、開発1.7%と、大きな差がありました。
過去記事「見える人と見えない人── 部門別出社率の差が生む、もう一つのハイブリッド分断」でも取り上げたように、全社平均だけでは、こうした部署間の違いは見えにくくなります。出社する頻度と、メンバーが同じ日に集まる機会は、分けて捉える必要があります。

同じ日に出社しても、対面会議があるとは限らない

出社した日に対面会議がなかった割合は、カスタマーサポート57.4%、開発32.4%に対し、セールスは22.4%でした。部署によって、出社日と対面会議の重なり方にも違いが見られました。
なお、この数字が捉えているのは、あくまで「会議」として予定されたやり取りです。席の周辺で交わされる短い相談や、偶発的な雑談は含まれていません。これらの数字だけでは、オフィスで生まれた対面の接点すべてを捉えることはできないのです。

使われ方を次の設計につなげる

ここまで見てきたデータは、オフィスの良し悪しを決めるためだけのものではありません。実際の使われ方を知り、次の設計や運用に生かすための材料になります。

建築分野では、完成後の使われ方を確かめ、その結果を改善に生かす手法を「POE(Post Occupancy Evaluation/入居後評価)」と呼びます【4】。設計と運用を別々に考えるのではなく、使われ方を見ながら環境を整えていく考え方です。
ディザイア・パスにも、同じ発想が見られます。フィンランドでは、公園に残った初雪後の歩行跡を記録し、その後の園路計画に反映しています。カリフォルニア大学バークレー校をはじめ、学生や教職員が実際に歩いた跡を見てから、正式な園路を整えた大学の例もあります【5】。

フリーアドレスも導入時の配置を完成形とするのではなく、どの席が選ばれ、どこが使われにくいのかを確かめながら整えていく。座席利用のデータは、そのための判断材料になるのです。

まとめ|フリーアドレスは、導入後から始まる

ディザイア・パスは、設計図の誤りを示すものではありません。そこを使う人の動きから、次に何をすべきかを教えてくれる手がかりです。
フリーアドレスも同じです。自由に席を選べる環境を整えた時点で完成するのではなく、実際の使われ方を見ながら、設計や運用を少しずつ整えていくことができます。

フリーアドレスに何を期待するかは、オフィスによって異なります。
席を効率よく使うこと。集中しやすい環境をつくること。人が集まり対話が生まれる場所にすること。目指す姿に合わせてデータを見ていけば、そのオフィスらしい整え方が見えてきます。

今回紹介したのは、限られた事例から見えた傾向です。それでも、オフィスマップに人の行動の跡を重ねてみれば、配置図だけでは見えなかった働き方が浮かび上がります。

踏み分け道は、いまもつくられ続けています。
そしてその一歩一歩が、次に敷くべき道を教えてくれます。

参照資料

【1】「Desire pathの再現に基づく歩行環境が歩行軌跡に与える影響の解明」(日本都市計画学会, 2019年)
https://doi.org/10.11361/journalcpij.54.1562

【2】「Office Activity Taxonomy in the Digital Transition Era」(Sustainability, 2025年)https://doi.org/10.3390/su172411376

【3】「Global Workplace Survey 2026」(Gensler, 2026)
https://www.gensler.com/gri/global-workplace-survey-2026

【4】「POE(Post Occupancy Evaluation)とは何か?」(Officil, 2024年更新)
https://officil.com/mags/view/169/1000

【5】Kurt Kohlstedt「Least Resistance: How Desire Paths Can Lead to Better Design」(99% Invisible)
https://99percentinvisible.org/article/least-resistance-desire-paths-can-lead-better-design/

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