「新規プロジェクトのリーダー候補、誰がいいだろう?」 と問われて、すぐに顔と仕事ぶりが思い浮かぶ人々がいる一方で、なかなか思い浮かばない人もいる…そんなことはないでしょうか?
実はその背景には、個人の仕事ぶりや能力といった要素よりも奥深い、「部門ごとの業務特性」があります。
前回の記事では、ハイブリッド環境の中で生まれる「見える人」と「見えない人」という個人レベルの断層を取り上げました。今回はその視点をもう一段引き上げて、「部門レベルの断層」を見ていきます。
出社率を「全社平均」で見ることの限界
部門レベルの断層を考えるとき、分かりやすい手がかりの一つが「出社率」です。現に多くの企業では、「全社平均出社率」という数字で働き方を把握しています。
ザイマックス不動産総合研究所の調査によれば、2023年春以降、出社率は概ね横ばいで推移しており、77%の企業が程度の差こそあれテレワークを継続しています【1】。つまり、コロナ以降のハイブリッドワークが定着し、多くの企業で働き方は安定したと感じるかもしれません。ですがここに、落とし穴があります。
「全社平均」という指標は、組織の内部で起きている違いを見えにくくします。 同じ会社の中でも、業務の性質によって出社頻度は大きく異なる状況を見ずに平均値だけを追っていると、構造的な偏りに気づけません。 では、その差はどこから生まれているのでしょうか。

業務の性質が、出社率を決めている
MIT Sloan Management ReviewとGallupの2025年調査では、職種や業務特性によって最適な働き方が異なることが示されています【2】。
顧客対応や対面でのやりとりを前提とする部門は、自然と出社率が高くなります。営業やカスタマーサポート、総務・施設管理などが典型です。一方で、集中作業や非同期コミュニケーションとの親和性が高い部門では、出社率は低くなります。エンジニアリング、デザイン、データ分析といった職種がそれにあたります。
ここで押さえておきたいのは、この違いは個人の努力や意欲の差というよりも、業務の性質そのものから生まれているという点です。
「全社平均」で見えなくなるもの
全社平均出社率が横ばいで推移していたとしても、その内訳を見ればまったく異なる景色が広がります。 たとえば、ある企業では次のような差が見られました。
- セールス部門:出社率91%
- エンジニアリング部門:出社率24%
同じ会社の中で、これほどの開きが生じていることは決して珍しくありません。 全社平均という一つの数字では、この部門間の差は見えてこないのです。
★ Visual 1:経営視点からの「届き方」の非対称を示す構造図

なぜ「部門別の差」が分断を深めるのか ── 3つのメカニズム
部門別の出社率の差は、単なる働き方の違いではありません。 その差は気づかないうちに、やがて機会配分や意思決定の構造にまで影響を及ぼしていきます。 ここでは、その差がどのように広がっていくのか、3つのメカニズムに分けて整理します。
メカニズム①|経営文脈に触れる頻度の差
まず生まれるのは、「経営に触れる頻度」の違いです。
役員や部長層は、職位特性として出社率が高い傾向があります。出社率の高い部門のメンバーは、廊下やランチ、立ち話といった非公式な接点を通じて、経営の意図や優先順位に触れる機会が増えます。一方で出社率の低い部門は、フォーマルな会議体を通じてしか経営と接点を持たないことが多くなります。
Microsoft WorkLabは、こうした偶発的な接点が、会議では伝えきれない文脈を保管していると指摘しています【3】。 結果として、出社率の高い部門ほど接触頻度の差が高くなり、経営の優先順位を“空気”として感じ取りやすくなるのです。
メカニズム②|抜擢・アサインの偏り
次に、その接触頻度の差は「認知の差」に変わります。
Harvard Business Reviewが整理した近接性バイアスは、物理的に近い人ほど評価されやすい傾向を示しています【4】。評価者がその存在を理解していても、日常的に視界に入りやすい人が、新規プロジェクトの候補として想起されやすいのは自然なことです。
ここで重要なのは、この影響が個人単位ではなく、部門単位で増幅される点です。 出社率の高い部門は構造的に“見えやすい”。 出社率の低い部門は構造的に“見えにくい”。 その結果、成長機会や挑戦機会が、部門ごとに少しずつ偏っていきます。
メカニズム③|部門ごとに固定化する「仕事の作法」
そして最後に、その偏りは“働き方のスタイル”に影響します。
出社が多い部門では、対面前提のコミュニケーションが自然に成り立ちます。「ちょっといい?」という一言から議論が始まり、会議後の立ち話がそのまま意思決定につながることもあります。 一方で出社が少ない部門では、ドキュメントやチャットを軸に、非同期で合意形成を進めるスタイルが定着します。
どちらが優れているという話ではありません。しかし「何をもって共有とみなすか」「どの時点で合意とするか」という前提が部門ごとに固定化していきます。
ハイブリッド環境における情報共有に関する研究では、情報共有の方法の違いが、組織内の連携に影響しうることが示されています【5】。また、ワシントン大学の研究やGitLabの議論は、ハイブリッド環境下でサブグループが自然発生しやすいことを指摘しています【6】【7】。
このように、接触頻度の差 → 認知の差 → 作法の固定化という流れで、部門間の分断が蓄積していくのです。
★ Visual 2:3つのメカニズムが分断に累積する流れ図

日本企業の部門別出社率というリアル
ここまでは構造を整理してきました。では、実際の数字を見てみましょう。 MIT Sloan Management ReviewとGallupの2025年調査では、職種別の出社率分布が示されています【2】。典型的な傾向を見ると、次のような違いが確認できます。
- セールス・営業部門:80〜90%
- カスタマーサポート:70〜80%
- 総務・施設管理:60〜70%
- マーケティング:40〜50%
- エンジニアリング:20〜30%
- デザイン・クリエイティブ:20〜30%
部門間で、50〜70ポイント近い開きが生じていることが分かります。 一方で、日本企業全体では、出社率が「変わらない」とする回答が77%にのぼっており、全体としては大きな変化が見えにくい状況です【1】。 同じ会社の中で、ある部門はほぼ毎日オフィスにいて、別の部門は週の大半をリモートで働いている。 こうした光景は職種特性による、ごく一般的な風景なのです。

「出社率を揃える」では解決しない理由
では、この分断を埋めるために、出社率を揃えればよいのでしょうか?答えは、Noです。
一律の出社ルールは、職種特性を無視した解決策になりかねません。前回の記事でも示したとおり、物理的に同じ場所に集まる頻度を上げただけでは、構造的な断層は埋まらないからです。
部門別に見れば、その限界はより明確です。 もともと出社率の高い部門に週5出社を求めても、大きな変化は生まれません。一方で、集中作業が中心の部門に同じルールを適用しても、業務特性に適合しないだけでなく、他部門との接触が構造的に増えるとは限りません。
NTTと東京工業大学の2024年調査では、ハイブリッドワーカーのウェルビーイングが出社頻度と単純な相関関係にないことが示されています【8】。
出社日数を増やせば帰属意識が高まる、という単純な図式は成立しないのです。 問われているのは、出社率の平準化ではありません。 見えにくくなっている部門の存在を、どのように可視化し、接点を設計し直すか。問われているのは、「可視性の再分配」なのです。
可視性を再設計する ── データと組織設計の視点
出社率を揃えるのではなく、見えにくくなっている部門の存在を、どのように可視化し、接点を設計し直すか。ここからは、そのための具体的な視点を整理します。
打ち手①|部門別出社率を“見える化”する
まず必要なのは、全社平均ではなく、部門別×職位別のクロス集計で可視化することです。 出社率を部門単位で分解すると、「経営層と各部門の物理的接触頻度」という指標が浮かび上がります。 受付ログ、座席利用データ、会議室予約データなどを横断すれば、接触の偏りは定量的に把握できます。
打ち手②|偶発接点を“設計”する
可視化したあとは、接点を意図的に設計します。Microsoft WorkLabでも、会議では伝えきれない文脈を補う偶発的な接点の重要性が指摘されています【3】。であればそれを偶然に任せるのではなく、構造として組み込むことが必要です。
- 経営層と低出社部門の定例セッション
- 部門横断プロジェクトの定期開催
- バーチャル空間での「存在を知らせる」仕掛け
接点は「回数」ではなく、「構造」で設計します。
打ち手③|評価プロセスを“補正”する
「日常的に目に入る人」ではなく、「アウトプットと貢献」で抜擢候補が浮かぶ仕組みを作ります。近接性バイアスの存在を前提に、評価プロセスでそれを補正する仕組みが必要です【4】。
具体的には:
- マネージャー会議で部門別活動データを必ず確認する
- 抜擢候補の議論時に成果期間を明示する
- 出社頻度と評価を切り離す評価設計にする
評価の透明性を高めることが、構造的偏りの是正につながります。
打ち手④|空間を“交差”の装置として再設計する
部門ごとに固定された執務エリアは効率的ですが、接点は生まれにくくなります。 出社率の差をなくすのではなく、出社している時間の交わり方を設計するという発想が必要です。たとえば、
- 部門横断で動線が交差する配置
- プロジェクト単位での混成着席
- 共用エリアを「通過点」ではなく「交点」にする
オフィスは単なる執務空間ではなく、可視性を再分配するインフラでもあるのです。
★ Visual 3:「現状」→「Acallのデータで見える化」→「打てる施策」の3層レイヤー図

見えない部門は、組織の伸びしろのサイン
部門別出社率の見直しは、大規模な制度変更から始める必要はありません。まずは、自社の実態をデータで静かに眺めてみること。それだけでも、これまで平均値の裏に隠れていた構造が見えてきます。
見えにくい部門は、能力が低いのでも、貢献していないのでもありません。構造的に“見えにくくなっている”だけかもしれない。その可能性に気づけるかどうかが、組織の設計力を分けます。
「全員を出社させる」ことではなく、「全部門が等しく見える状態をどうつくるか」。 これからのハイブリッド経営に求められるのは、出社率という単一指標の管理ではなく、組織の可視性そのものをマネジメントする視点です。
見えない部門があるということは、まだ引き出せていない可能性があるということでもあります。 その可能性を構造の側から支えることが、これからの組織設計の鍵になるのではないでしょうか。 この記事が、その問いを持ち帰るきっかけになれば幸いです。
参考文献
【1】ザイマックス不動産総合研究所. 「大都市圏オフィス需要調査」2024年.
https://soken.xymax.co.jp/index.html
【2】MIT Sloan Management Review / Gallup. “The Evolving Landscape of Remote Work in 2025.” 2025年.
https://www.ere.net/articles/the-evolving-landscape-of-remote-work-in-2025-finding-balance-in-a-hybrid-world
【3】Microsoft WorkLab. “In the Office, It’s All About Moments That Matter.” 2023年.
https://www.microsoft.com/en-us/worklab/in-the-office-it-is-all-about-moments-that-matter/
【4】Harvard Business Review. “What Is Proximity Bias and How Can Managers Prevent It?” by Gleb Tsipursky. 2022年10月.
https://hbr.org/2022/10/what-is-proximity-bias-and-how-can-managers-prevent-it
【5】Wu, Y. J., Liang, C., & Li, C. “Information sharing in a hybrid workplace: understanding the implications.” Journal of Computer-Mediated Communication. 2023年.
https://academic.oup.com/jcmc/article/28/4/zmad025/7210242
【6】University of Washington. “Q&A: How hybrid policies can divide workplaces.” 2025年4月.
https://www.washington.edu/news/2025/04/29/qa-hybrid-policies-can-divide-workplaces/
【7】GitLab. “The Remote Work Report.”
https://handbook.gitlab.com/handbook/company/culture/all-remote/
【8】NTT・東京工業大学. 「ハイブリッドワーカーのウェルビーイングに関する日米比較調査」2024年5月.
https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/05/13/240513a.html
那須 瑶香
Acall株式会社 プロダクト企画グループ 副ゼネラルマネージャー
2019年にAcall入社。マーケティング、海外展開、新規サービス企画など幅広い業務を経て、現在はプロダクト企画グループの副GMとしてAcallのデータ分析領域を牽引。複数企業の会議室利用データ分析を手がけ、データに基づく改善提言と伴走支援に取り組んで


