「お互いにわかり合えていないことを認めること」で新しい関係づくりができる

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『他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』

宇田川元一

NewsPicksパブリッシング / 2019年

2420円(本体2200円+税)

人と人とは最初から「ツーカー」で理解し合えるわけではない

職場の中でのコミュニケーションは、アフターコロナの現在、以前にもまして重要なテーマになっています。リモート・ワーク、ハイブリッド・ワークが定着している企業は、メンバーが物理的に分断されがちな状態。だからこそ、コミュニケーションが難しくなり、今まで以上にきめ細かい対応が必要になっています。

ただ、このような状況になる以前から、職場のコミュニケーションに課題を抱える職場は多かったと思います。つまり、物理的な分断は、本質的な問題ではないのかもしれません。

では、何が良好なコミュニケーションを妨げているのでしょうか?『他者と働く』は、サブタイトルに『「わかりにくさ」から始める組織論』とあります。

人と人とは最初から「ツーカー」で理解し合えるわけではなく、お互いの違いを前提として「わかり合う」プロセスが必要だ、ということが示唆されているようです。

本書の冒頭に、こんな一文があります。

「対話」と言うと、「あの輪になって話をさせられるアレのことでしょ」と訝しい顔をする方も多いと思います。しかし、対話は向き合ってじっくり話をすることではありません。
対話とは、一言で言うと『新しい関係性を構築すること』です。


(本書6-7ページ)

例えば新入社員は、必然的に職場で新しい関係を築くことになりますが、実は既存の社員も同じです。リーダーとメンバー、あるいはメンバー同士も、ビジネスの状況や環境の変化に応じて、新しい関係性を構築し直す必要がある、ということです。

そうした、すべての新しい関係づくりに必要な前提は、「お互いにわかり合えていないことを認めること」。

「相手が自分の考えをわかってくれているはず」という前提でいると、結局、ズレが解消されることはなく、つまりは対話が成立しません。大事なことは、わかり合えていないことを認めること。それがスタートです。

一度、対話の可能性に気づけば、硬直しかけた組織、基軸の見えない組織の中にこそたくさんのリソースが埋もれていることに気づくはずです。

(本書10ページ)

そう、きちんと他者と対話ができれば、組織はよりよくワークし、よきアウトプットが生まれるはず。本書は希望とともに、そのことを教えてくれます。

増え続ける適応課題を解くための方法こそが「対話」である

業種や職種を問わず、仕事というものは、つねにいろいろな困難に直面するものです。「困難を乗り越えること」が利益を生む。それが仕事である、と言ってもいいかもしれません。

困難な事態には、前例を参照したり、一定のスキルによって乗り越えることができるものもあります。「のどが乾いたときには水を飲めばいい」というように。

ところが、解決法がなかなか見つからない課題も少なくありません。高度情報化、デジタルシフトに代表されるように、社会が複雑になった今、そのような困難さは増大しています。

既存の方法でスッキリと解決ができないような複雑で困難な問題のことを、リーダーシップ論の研究者であるロナルド・ハイフェッツは「適応課題(adaptive challenge)」と名付けました。世の中に数多あり、今も増え続ける適応課題を解くための方法こそが「対話」ということになります。

本書では、4つの種類の適応課題が紹介されています。

「ギャップ型」…大切にしている価値観と実際の行動にギャップが生じるケース
(例)女性の社会進出に反対する人は少ないが、多くの職場のマネジメントは男性中心のままである

「対立型」…互いのコミットメントが対立するケース
(例)営業部門は短期業績の達成が大切なミッションだが、法務部門は契約に問題がないようにすることにコミットしている

「抑圧型」…言いにくいことを言わないケース
(例)既存事業にあまり先行きがなさそうだとわかったけれど、撤退できない

「回避型」…痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりするケース
(例)職場でメンタル疾患を抱える人が出てきたときに、ストレス耐性のトレーニングを施す

この4つに共通するのは、いずれも人と人、組織と組織の「関係性」の中で生じている問題だということです。さらに、既存の手法や個人の技量だけで解決できない適応課題でもあります。

こうした問題を解決するために必要なのは、既存の解釈の枠組みをいったん保留して、相手がなぜそのように主張するのかを考えること、と著者は述べます。それによって、相手が自分の主張を受け入れられるにはどうすればいいか、と言う視点に立つことができます。

この一連の過程こそが「対話」であり、適応課題に向き合う、ということになります。

ナラティブの「溝」に橋を架けていく

本書は、さらにナラティブという言葉をキーワードとして多用しながら、議論を深めていきます。
ナラティブとは何でしょうか?

何か想定外の問題が生じたときなど、適応課題が見出されたとき、私たちはその関係性を改める必要が生じていると考えることができるでしょう。

その一歩目として、相手を変えるのではなく、こちら側が少し変わる必要があります。そうでないと、そもそも背後にある問題に気がつけず、新しい関係性を構築できないからです。

しかし、「こちら側」の何が変わる必要があるのでしょうか。

それはナラティブです。
「ナラティブ(narrative)」とは物語、つまりその語りを生み出す「解釈の枠組み」のことです。      

(本書33ページ)

先ほど挙げた営業と法務の関係性のように、こちら側のナラティブに立って相手を見ていると、相手が間違って見えることがあります。でも、相手のナラティブからすると、こちらが間違って見えている、ということかもしれません。

つまり、立場の違いはナラティブの違いを伴い、双方のナラティブには溝がある、ということになります。そこで著者はこう指摘します。

こちらのナラティブとあちらのナラティブに溝があるのを見つけて、言わば「溝に橋を架けていくこと」が対話なのです。      

(本書34ページ)

仕事を通して築かれる関係性はなかなか複雑です。同じ部署で働いて、共通のゴールに向かう関係性であっても、それぞれの価値観の違いによって溝が生まれる可能性もあるのです。  それでも、共に協力してゴールを目指さなければならないとしたら、溝に橋を架ける必要があります。お互いの違いゆえに遠ざけてしまおうとするなら、そもそもチームは成り立ちません。

とはいえ、このことは、自分が大事にすることを捨てて相手に全面的に従わなければならない、ということではありません。ナラティブの溝に向き合うことで、協調するための糸口を見出そうとする。それこそが対話の意味であり、意義である、ということです。

では、どのように橋を架けていけばいいか。著者は、4つのプロセスを解説します。

1. 準備「溝に気づく」
2. 観察「溝の向こうを眺める」
3. 解釈「溝を渡り橋を設計する」
4. 介入「溝に橋を架ける」

(本書39ページ)

それらのプロセスについて本書では、さらに詳細に、かつ実践的に解説がなされます。

橋が架かるというのは、相手にとっても自分にとっても、お互いが意味のある存在として、物事に取り組める状態になったことを意味します。(中略)こうした一連の対話の過程を回していくことを通じて、おそらく相手からは「何かが変わったな」という印象を持たれるのではないかと思います。

(本書67ページ)

働く人は、ときに目標達成のための「道具」になりますが(そして、組織の目的に照らして、それは決して間違ってはいませんが)、どんなときでも同じ機能を実現するような道具であり続けるのは不自然です。道具的な関係性でうまくいかない、という状況で、対話のパワーは、より明確になるでしょう。

[本書の構成]
第1章 組織の厄介な問題は「合理的」に起きている
第2章 ナラティブの溝を渡るための4つのプロセス
第3章 実践1.総論賛成・各論反対の溝に挑む
第4章 実践2.正論の届かない溝に挑む
第5章 実践3.権力が生み出す溝に挑む
第6章 対話を阻む5つの罠
第7章 ナラティブの限界の先にあるもの

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