
『心理的安全性 最強の教科書』
東洋経済新報社
1870円(本体1700円+税)
[本書の構成]
- 理解編
- 第1章 心理的安全性とは何か
- 第2章 心理的安全性を高める「考え方」の基本
- マインドセット編
- 第3章 心理的安全性を高めるマネジャーの「自己認識」
- 第4章 心理的安全性を高めるマネジャーの「自己開示」
- 第5章 「相手を知る」「理解する」マネジャーの心構え
- 実践編
- 第6章 職場におけるメンバーとの「接し方」のヒント
- 第7章 メンバーの「問題を解決する」「成長を促す」マネジャーの心得
- 第8章 心理的安全性を高める「目標設定・管理・評価」
心理的安全性の目的は「成果を生むチームになる」ことにある
職場における「心理的安全性」の重要性については、かなり理解が進んできたように思いますが、その言葉の響きから、心理的安全性を大事にするのは「ただ優しいだけの組織じゃないの?」という誤解もあります。
しかし、その目的は仲良しグループを作ることなどにはなく、「成果を生むチームになる」こと。
この概念を最初に提唱したエイミー・エドモンドソンは『対人関係においてリスクのある行動を取っても、「このチームなら馬鹿にされたり罰せられたりしない」と信じられる状態』と定義しています。
本書の著者であるピョートル・フェリクス・グジバチさんは、それに加えて、こう言います。
心理的安全性とは「メンバーがネガティブなプレッシャーを受けずに自分らしくいられる状態」「お互いに高め合える関係を持って、建設的な意見の対立が奨励されること」です。
(本書1ページ)
「自分らしくいられる状態」は、職場の中に限らず、無限定に確保されているわけではありません。
仕事が人と人との関係の中で進められるものである以上、自分の意見を言い出しかねたり、遠慮して言わなかったり、ということがしばしばあります。職場では上下関係がありますから、そのことも「自分らしくいられない状態」を生むことになりがちです。
しかし、そのような状態の元で、ビジネス上のいいアイデアは出るでしょうか?「自分らしくいられない状態」が続くと、ストレスも高まりそうです。
自分らしくいられる状態とは、言い換えると自己認識・自己開示・自己表現ができるということです。
何を言っても馬鹿にされたり、頭から否定されたりしない。だから、人は安心して自分の考えを表明することができます。
先に引用した文章の中で、「建設的な意見の対立が奨励される」ということには、少し説明が必要かもしれません。
相手と意見が違ったなら、対立を恐れずに「自分はそうは思わない」とはっきりと自分の考えを伝えられること。相手が間違っていたり、至らないと思うところがあれば、「それは違うのではないか」とお互いに言い合えることです。Agree to disagree(意見が異なるという点において同意する)精神が大事です。
(本書2-3ページ)
この精神がないと、自分とは異なる意見を全否定することになり、AかBかの選択しかなくなります。これは建設的な関係とはいえず、アイデアの発展はあり得ません。
ピョートルさんは次のように述べます。
意見の対立が奨励されない職場では、正しい議論を行うことができません。立場が上の人や声の大きい人の意見だけが通り、多様な価値観や考え方の衝突からよりよいアイデアや提案が生まれる機会が奪われます。
職場は成果を出す場所である以上、建設的な意見の対立が不可欠です。
(本書60ページ)
仕事上のルールや基準を明確にし対話を通じてお互いの理解を深めていく
本書は、成果を生む強いチームの「心理的安全性」をあらためて定義し、組織を理想状態にするためには何が必要なのか、「理解編」「マインドセット編」「実践編」に分けて事例とともに解説しています。
チームの心理的安全性を確保するためにカギを握るのはリーダーの意識と行動です。この観点から、本書ではさまざまな視点が示されます。
例えば、ローコンテクストなコミュニケーションを前提とすること。
阿吽の呼吸でチームの連携プレーができるような、いちいち説明しなくても分かり合える間柄を「ハイコンテクスト文化にある」とすると、ほとんどの企業組織はその逆の「ローコンテクスト文化」と言えるでしょう。これは、みんな違う考え方や価値観を持っているから、言葉に出して言わないとわからない、という状態です。
この前提に立って、ピョートルさんはこう説明します。
「この会社はこういう価値観を大切にしているから、あなたもこの価値観に沿った行動をしてほしい」「この仕事はこれが基準です」とメンバーにはっきりと伝えることが重要です。一人ひとり違う人間だからこそ、仕事上のルールや基準を明確にしたうえで、対話を通じてお互いの理解を深めていくのです。
いろいろなことが言語化されて明確になれば、それをもとにメンバーはどんな行動を選択すべきかわかるので、不安や猜疑心は減ります。
(本書91-92ページ)
日本のビジネスパーソンは一般に、仕事にまつわるあれこれを言語化することに慣れていません。業務マニュアルのようなものがあったとしても、それでカバーできるのは仕事全体のうち、わずかな部分。そうではない仕事の方が圧倒的に多く、そこは上司や先輩から「やり方」を教えられて、つまり言葉による伝承によって身につけていくことになります。
そこで言語化することなく「いいからやれ!」と突き放してしまうとしたら、仕事は前に進みにくいはず。言い換えると、生産性は上がりません。
いろいろなことを言語化し、明確にすれば、迷いはぐっと減るのではないでしょうか。
「透明人間」の存在が職場の心理的安全性を下げる
「メンバーに対して『彼は仕事ができない』とか『彼女は気むずかしい人だ』とか、そういう色眼鏡で見てはいけない」というのも、大事な指摘です。
私たちには、相手に何らかのラベルを貼りたがる傾向があります。(中略)特に相手と意見の対立や価値観の相違が起きた場合に、相手に否定的なラベルを貼りがちです。
(本書103ページ)
人はいつも「同じ心身の状態」でいるわけではありません。たまたま解決の難しい課題を抱えているときの表情を見て、「あの人は気むずかしい」と思われたとすると、「本当はそうじゃないのに」と感じるはず。置かれた状況によって、人の心の状態や言動は変化します。
ですから、決めつけによって相手に偏見を持つことが、職場の心理的安全性を損ねているかもしれない、とマネジャーは認識する必要があります。
そのような偏見をなくすために有効なのは、職場のみんなが自己開示をすることです。
このように言うと、抵抗を感じる人もいるでしょう。「自分のプライベートなことまで公言しなければならないの?」というように。
自己開示とは、あたかも履歴書のように個人情報を伝えることではありません。
1on1をはじめ、職場内での対話を通して、自分の考えや日々感じること、価値観などを知ってもらうことです。そのようにみんなが自己開示をすれば、誤解が生じることは少なくなります。
自分の考えや望みを自分から話さずに、周りからも「あいつは何を考えているのかわからない」と思われている人のことを、僕は「透明人間」と呼んでいます。
(本書110ページ)
職場を見渡してみてください。「透明人間」はいないでしょうか?これが職場の心理的安全性を下げる要因になっている、とピョートルさんは指摘します。
オンライン・在宅勤務でもラポールはつくれる
マネジャー務める方にとって、第6章『職場におけるメンバーとの「接し方」のヒント』は、熟読をお勧めしたいパートです。ここには、いくつもの実践のヒントがあります。
日々のコミュニケーションに欠かせない雑談ですが、「雑談が苦手」というマネジャーは多いようです。(中略)自分の話したいことを話すのが雑談だと思っている人が多いのですが、実はそうではありません。職場の心理的安全性を重視するマネジャーが仕掛ける雑談は、「メンバーを気持ちよくするためもの」なのです。(中略)マネジャーは。声をかけることで相手の状態を知り、どんな形で相手をサポートすればいいかを探ることができます。つまり、雑談は相手の状態を知るための「診察」なのです。
(本書199-200ページ)
つまり自分が話すより、相手に話をさせる。それが診察という比喩の真意です。
ラポールを築くことの重要性も傾聴に値します。
ラポールとは、「共感に基づく信頼関係」のこと。相手とラポールを築くには、相手に好奇心を持って集中し、「人にやさしく」を意識して接することに尽きます。
(本書219ページ)
このラポールは心理的安全性には不可欠な条件ですが、「オンライン・在宅勤務でもラポールはつくれる」という興味深い指摘もあります。
心理的安全性を確保するには、「対面とリモートのどちらが適しているか」という議論があります。極論を言えば、僕は「どちらでも構わない」と思っています。(中略)まず、約束はしっかり守る。お互いの話をよく聞く。お互いのためになる刺激を与え合う。そして、一緒にプロジェクトを進めるにあたり、プロジェクトの目的や意識をお互いに共有し、役割分担も明確にしました。これは心理的安全性に不可欠な「構造の明確化」です。
これらの基本姿勢を大切にすれば、対面でなくても、お互いへの信頼と尊敬を育みながら、自分らしく己の力を発揮できる関係性をつくることができるのです。
(本書221-222ページ)
著者のピョートル・フェリクス・グジバチさんは、ポーランド生まれ。2000年に来日し、いくつかの会社を経て2011年にグーグルに入社。アジア・パシフィック地域での人材育成に携わったのち、コンサルタントとして独立しました。
グーグルは2012年に「生産性の高いチームの特性」を明らかにする独自調査を実施しましたが、その結果、もっとも重要であるとされたのが「チームの心理的安全性が高いこと」でした。
グーグルでの実践経験があるからこそ、本書はリアリティと説得力にあふれています。


